04月21日

八重洲の由来

4月も後半、めっきり暖かくなってきましたね。
みなさんもそろそろ上着を羽織らずにランチへ・・・なんてことがあるのでは?


本社で働く私は昼食を食べに八重洲地下街の飲食店に足を運ぶことがあります。
事務所のビルを出て数十歩なのでほとんど外に出ることもなく辿り着けます。
まさに上着いらずです。


この八重洲地下街、行列が出来る店もあったりとかなりの賑わいをみせております。

そんな賑わいをみせる一角に少々不気味なこの像
誰だか分かりますか?

像のモデルはヤン・ヨーステンという名のオランダ人。
ではなぜこの像がここに???

1600年、豊後(現大分県)沖で難破したのが縁で日本に住みつき
やがて徳川家康の信を得、屋敷を与えられた所が現在の八重洲だとか。
(でも本当に屋敷があった場所は現在の丸の内らしい)


ヤン・ヨーステン・・・・ヤン・ヨーステ・・・・ヤン・ヨース……ヤヨース・・・
八重洲がヤエスと呼ばれるようになったのは、
「ヤン・ヨーステン」の名前にちなんだものなのです。

この話、私は高校の日本史の先生から聞いたことがあります。

八重洲の地名の由来がオランダ人の名前だったなんてなんだか不思議ですよね。

ちなみにこの像は東京駅八重洲地下街の
センタースポットと呼ばれる一角にあります。
みなさんも本社に足を運ぶ際にはぜひ、チェックしてみて下さい。

八重洲通りに、平和の鐘と記されたモニュメント
1980年日蘭修好380周年を記念して建てられたもので
ここにもヤン・ヨーステンのレリーフがあります。

ここにある平和の鐘は午前9:00〜午後21:00の間、
毎時0分になると自動演奏されます。
私もこの鐘の真下で音を聴いてみることに・・・・


かなりの音響。

うん、やはり遠くから聴こえてくる音色を楽しむのがよさそうです。
なおこの鐘はカロヨンの鐘の技術では世界的に定評のある
オランダのロイヤル・アイスバウツ社によって製作されたそうです。


古いビルが多いイメージがあった八重洲・京橋・日本橋エリアも
今や東京駅八重洲口に代表される再開発が着々と進行中。
そんな中、様々な歴史を感じさせてくれる
モニュメントを探し歩くのもなかなか素敵なことですよね。


本社Y.Kの昼休みレポートでした。

2008年04月21日 14:05 | 小話| トラックバック (0)

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